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東京高等裁判所 昭和37年(う)1534号 判決 1963年3月27日

控訴人 被告人 中村薫

弁護人 吉井規矩雄

検察官 粂進

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は被告人及び弁護人吉井規矩雄提出の各控訴趣意書(弁護人の控訴趣意に関する補充陳述書を含む)記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官検事粂進提出の答弁書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し、当裁判所は次のように判断する。

弁護人の控訴趣意(法令適用の誤)について

所論は、本件において被告人が立ち入つた場所である国鉄上野駅構内は同駅駅長の看守する建造物であつて、刑法第百三十条に定める「人ノ看守スル建造物」に該当する。そして軽犯罪法第一条第三十二号に定める「入ることを禁じた場所」とは、右刑法第百三十条の侵入客体を含まずそれ以外の場所をいうのであるから、被告人の本件所為を刑法第百三十条の建造物侵入罪を以て処断するのは格別右軽犯罪法第一条第三十二号に違反するものとして処断することはできない。仮に被告人の立ち入つた場所が駅長の看守しない建造物であるとしても、右場所は鉄道営業法第三十七条に定める「停車場其ノ他鉄道地内」に該当するものと解すべきであり、同条の罪は前記軽犯罪法第一条第三十二号の罪に対する特別罪であるから、被告人の本件所為については法条競合により右鉄道営業法第三十七条の規定を適用すべきである。従つていずれにしても、軽犯罪法の規定を適用して処断した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

案ずるに、原判決の挙示する証拠によれば、被告人が立ち入つたのは上野駅正面玄関を入つたところの出札窓口附近のホールでありその当時同駅の営業時間中であつたことが明らかである。そして当審証人山田駒弥の尋問調書によれば、右ホールは同駅舎屋の一部として同駅駅長が上級鉄道管理局長の事務の分掌として管理しているものであり、営業休止中出入口にシヤツターを降して閉鎖しているような場合を除いては、原則として旅客、送迎人、駅内施設の利用者等鉄道営業及びその付帯施設の業務に関連する用務で出入する公衆のため開放しているのであるが、事実上は右のような用務の有無にかかわらず自由に人の出入を許してこれを制限していないのが実情であり、特に人の出入を監視したり或いはみだりに人の侵入するのを防止するための設備を設けたりしているわけではないことが認められるのであつて、このような状態にある限り、これを目して刑法第百三十条にいわゆる看守があるものとはなし難い。従つて右のような状態にある前記ホールへ立ち入る行為を以て、直ちに同条の住居侵入罪が成立するものと解することはできない。次に前記当審証人山田駒弥の尋問調書及び原判決が証拠として挙示する上野駅長の答申書によれば、同駅構内には「許可なくして鉄道用地内で物品の販売、演説、勧誘等その他営業行為はかたくおことわりいたします」「乗車券の販売、乗車口への割込、車内の座席売、物品の販売配布、演説、勧誘、寄附行為その他客引の目的で駅構内に立ち入ることはできません」等の掲示をして無用者の立入を禁止しているのであるから、乗車券の販売、車内の座席売等の目的をもつて同駅構内に立ち入ろうとする者に対しては、同駅構内は軽犯罪法第一条第三十二号に定める「入ることを禁じた場所」にほかならない。従つていわゆる所場売り及び闇切符売りの目的をもつてみだりに同駅構内の一部である前記ホールに立ち入つた被告人の本件所為は、軽犯罪法の右規定に触れるものというべきである。もつとも鉄道営業法第三十七条は「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者ハ十円以下ノ科料ニ処ス」と定めており、被告人の本件所為は同法条の罪にも該当すると考えられるのであるが、右軽犯罪法第一条第三十二号と鉄道営業法第三十七条とは、所論のように一般法、特別法の関係にあるものと解すべきではなく、被告人の本件所為は一個の行為にして右両法条の罪名に触れるものとするのが相当であり、従つて重い軽犯罪法第一条第三十二号の罪の刑をもつて処断すべきものである。してみると、結局右軽犯罪法の規定を適用して処断した原判決には、所論のような法令適用の誤はなく、論旨は採るを得ない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 長谷川成二 判事 白河六郎 判事 小林信次)

弁護人吉井規矩雄の控訴趣意

原判決には法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるので当審において破棄して無罪の判決をされたい。

(一) 原判決はその認定した事実が軽犯罪法第一条第三十二号に該当するものとして処断したが、同法同条第三十二号の構成要件は「入ることを禁じた場所に正当な理由がなくて入つた者」である。しかして軽犯罪法にはその明文ならびにその解釈上、目的犯が存しないことは立案の経過よりみて明らかである。(植松正軽犯罪法講義三一頁参照二三年六月二十日立花書房発行)

しかして、原判決認定の事実によれば、被告人がみだりに侵入した場所は国鉄上野駅構内であつて、右上野駅構内が、刑法第一三〇条に所謂他人の看守する建造物に包含されることは明らかである。したがつて被告人が正当な理由がないのに国鉄構内に侵入した行為が刑法第百三十条に規定する建造物侵入罪を構成するか又は軽犯罪法第一条第三十二号に規定する罪を構成するかについて弁護人は次の通り法律解釈上の見解を披瀝する。

刑法と軽犯罪法との法体系上の関係につき考察するに、軽犯罪法は刑法の犯罪構成要件を充足しない現代における国民生活における道徳律を特別犯罪構成要件として、規定し、その処罰の程度は刑法の禁止している構成要件より反社会性が軽度であることにかんがみ、刑法より軽い法定刑である拘留又は科料にとどめている。右の見地に立脚すれば、軽犯罪法第一条第三十二号において正当な理由なくして「立入ることを禁ぜられた場所」とは刑法第一三〇条において故なく侵入することを禁じている「建造物」以外の場所のみをいうものであり、「住居侵入罪」の侵入客体をふくまないものであるからかかるばあいには軽犯罪法の適用を排除するものであると解すべきである。

しかして、被告人が侵入した国鉄構内が建造物であることは前述のとおりであるから、被告人の所為を侵入した行為を住居侵入罪をもつて処断するならいざしらず、軽犯罪法第一条第三二号をもつて処断した原判決には法律適用の誤があるものといわねばならない。

(二) しかして、原判決は被告人を拘留十六日に処したものである処刑法第一三〇条の法定刑は懲役刑又は罰金刑であつて、当審において、被告人の所為を刑法第一三〇条をもつて処断するとせば、刑訴法第四百二条の不利益変更の禁止の規定に違反することになるので、同法をもつて処断することは許されない。

従つて、被告人に対しては、当審において、右控訴理由により破棄無罪の判決をなすべきものである。

(東京高裁昭和二六年(う)第五二七五号同二七年一月二六日言渡高裁刑事判例集第五巻上、一二三-一二九頁参照)

同補充陳述書

第一、被告人が立入つた国鉄上野駅構内が刑法第一三〇条(以下単に刑法という)にいう「人の看守する建造物」であること。

東京高裁昭和二六年(う)第五二七五号事件の検察官控訴趣意が引用した最高裁判所昭和二五年九月二七日の大法廷判決における「人の看守する建造物」についての見解にてらせば、国鉄上野駅構内(以下単に構内という)は「建造物」であることはもとより、更に次の理由により「国鉄上野駅長(以下単に駅長という)の看守する」建造物である。蓋しこの構内は原判決認定のとおり特定人の無断立入が禁止されている建造物であるが特定人の利用関係についての制約は単に原審挙示の一片の立入禁止の掲示板のみにつきているわけではなく、国鉄の営造物管理に関する規則にしたがつて、構内に対する管理権を有する駅長の管理支配作用の一環をなすものである。しかして駅長の管理支配作用についてのべれば、駅長はこれらの規則にしたがい、係員を通じて待合室、売店等構内全般にわたり現実的に管理占有(即ち看守の意)しているのであり、一般旅客公衆の構内に対する一般的利用関係(立入通行をふくむ)は駅長の前記管理作用に牴触しない限度で開放されているにとどまつている。しかして駅長の管理権はホーム改札出札口駅長室のみならず、待合室、売店、被告人が立入つた箇所等構内全部に及び、その管理の態様は売店の如く駅長の使用許諾による売店主の直接占有の為駅長が間接占有を有するにとどまる場合とか、待合室とか本件箇所の如く駅長が直接占有をしているが営造物管理規則により禁止されている場合をのぞく外旅客公衆に一般的利用がみとめられている為、その管理作用が制限されているとか千差万別であるが等しく駅長が管理支配しているわけである。蓋し鉄道営業法第四二条において鉄道係員に所定の場合に停車場よりの退去強制権を与えられている点よりみれば、駅長がその有する退去強制権を含む管理支配権に基き構内全体を管理支配しているものといわねばならない。

第二、鉄道営業法第三七条に関する主張について

既述の如く、軽犯罪法第一条三二号(以下軽犯罪法)は「他人の看守する建造物」にあたらない立入禁止の場所に正当な理由なく入つた場合に適用するものと解すべきであるから、本件場所が他人の看守する建造物であると認定すべき以上、建造物侵入罪のみを適用すべきものであり、且つかかる場合には鉄道営業法第三七条すらも適用されないと考える。

しかしながら、仮に本件箇所が上野駅長が看守せざる建造物と認定された場合にも、軽犯罪法を適用すべきでなく、この場合には元来鉄道営業法第三七条によるべきである。蓋し、同条が立入を禁じている停車場その他鉄道地は他人の看守する建造物にあたらない場合のみをさすものであるから、被告人が立入つた本件箇所は同条にいう停車場その他鉄道地内をさすものと解すべきである。その理由はつぎのとおりである。

一、同法三四条、三五条、三六条、三九条は停車場における各本条の所為を禁止しておるところよりみれば停車場その他鉄道地内の概念は三四条とあわせて統一的に解すべきものである。

二、しかして、三九条において発砲を禁止している場所より本件箇所を除外するとの解釈が不合理であることは明らかであるし三四条、三五条、三六条の場合も同断である。

三、殊に原判決認定の事実中、国鉄上野駅長が鉄道係員の許諾を受けないで営業行為等の目的で構内に立入ることを禁じている事実よりみれば、鉄道係員の許諾を受けないで本件箇所において物品購入を求める等の営業行為が禁ぜられているものといわねばならない。しかしてこの禁止行為の法的根拠が同法第三五条ならびに第三七条によつているものであり軽犯罪法によつていないことは、禁止の掲示の文言上明らかであり、従つて、本件箇所は停車場その他の鉄道地内をさすものである。

四、なお関連法である地方鉄道法第十五条が鉄道地と同一用語である鉄道用地の定義を規定していることも右解釈の参考となるものである。

右の理由により、被告人の所為は同条に該当し、軽犯罪法との法条競合の事案である処、鉄道営業法第三七条は軽犯罪法の特別罪であることは森林窃盗と刑法上の窃盗との関係と同断である。よつて、軽犯罪法をもつて処断した原判決は法律適用解釈をあやまつた違法があり。

よつて、破棄の上、無罪の判決を言渡されたい。

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